宮本茂氏のゲームテスト方法について考えてみる
少し古いけれど、この記事について、考えてみたことを一つ。
この記事は過去に読んだことがあったのだけど、どこからかのリンク経由で再発見。以下は気になった部分(強調は僕による)。
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宮本茂:私はヘイロー(のようなゲーム)を作ることもできます。それは私がデザインすることができないゲームというわけではなく、単純に、私がその選択肢を選ばなかったというだけです。私のゲームデザインについて一つ言えることは、ユーザーが望んでいるものを見つけて、それに合わせたゲームをデザインしようとしたことはこれまで一度もありません。私は常に、楽しく遊べる新しい体験をクリエイトすることを心がけています。
任天堂 宮本茂氏が本音の本音でゲームデザインを語る。海外誌インタビュー
Entertainment Weekly:いくつかのアメリカのゲーム会社は、そのようには考えていません。彼らはほとんどの場合リスクを嫌がって、新しいアイデアを探索するよりもむしろ、続編やシリーズの拡張作品を制作しています。業界には、たくさんのマーケットリサーチやフォーカス・グループ法が存在しています。それらはゲームビジネスに打撃を与えますか?
宮本茂:制作費の高騰によって、もしこのような方法でゲームをデザインしないとしたら、ゲーム会社が大きな不安を抱えることを私は理解しています。でも、自分が作りたい作品を作るべきです!心からみんなが私と同じ方法でゲームを開発するようになることを望みます。私はゲームを誰かにプレイしてもらうとき、意見を聞いたり、アンケートを取ったりしません。ただ、ゲームをプレイする彼らの目や表情を観察するだけです。彼らは笑っていますか?あるいは苛立っていますか?これは全くもって科学的な方法ではありませんが、そのように私は自分のゲームをテストするのです。
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宮本氏の方法、つまり「ゲームをプレイする彼らの目や表情を観察する」ということについてちょっと思った点が3つある。
- (1) この方法は、宮本氏でない誰かがでも適切に利用できるのか? この方法は、宮本氏でない誰かが学ぶことができ、使いこなせる方法なのか? もし、宮本氏が特別であり、この方法を使いこなせる数少ない人だとすると、他の人が真似をしてもうまくいかないかもしれない。この方法が十分に汎用的でないなら、他のテスト方法を使う必要が出てくる。
- (2) この方法は、ゲームを構成するどの要素のテストにも適用できるのか? ゲームは様々な要素から構成される。どのような要素に対しても、同じようにこの方法でテストできるのだろうか? もしできないなら、どのような要素に対しては効果的で、どのような要素には効果的でないのか?
- (3) この方法は、どれだけ並行に実施できるのか? 上記の記述をみるなら、この方法は、「テストプレイヤー」と「プレイ観察者」の二人一組(あるいは、一人以上の観察者?)で成り立つ方法に思える。また、詳細は分からないけど、両者が同一場所で同一時間でテストする方法に見える。とすると、単に個々のテストプレイヤーがプレイして意見などを書く方法と比べて、どれだけ並行に実施できるのかという点で結構な制限を受けるような気がする。ゲームがより大規模になり、それに伴いテスト対象が増加するとなると、並行実施性は、テスト方法に対する一つの要件に思える。
以上短いけれど、思ったことでした。
ちなみに、過去にこのブログでもゲームのテスト方法については二回ほど僕の考えを書いた。
はっきりいって、僕は、宮本氏のテスト方法とはほとんど逆の方向から考えてるんだな、と思った。